気付けば「美」に到達していた

ある箱の中に、お菓子の詰め放題サービスのように「炭素原子」を詰められるだけ詰め込んだとする。

工夫の末、最も密に炭素を詰め込めたとき、この世界で最も硬く美しいダイヤモンドが誕生する。

日本にはそういう形で美を生み出す職人がいる。

つまり優れた感性を持つデザイナーが、頭の中で描いた像を形作るような美の追求ではなく、職人の鍛錬と試行錯誤の連続によって、気付けば「美」に到達していた類のものだ。

魔術師から紹介していただいて以来、毎日見惚れながら使っているタンブラーがあるので、今日はそんなこだわりの逸品をご紹介させていただこう。

世界的な金属加工の町、新潟県燕市(つばめ)の熟練工が創り出す、SUS GALLERYのチタン製タンブラー。

燕の職人は、その強度ゆえ加工が難しいとされるチタンを限界まで薄く延ばし、内部に数ミリの空洞(真空二重構造)を作り出すことができる。

また、チタンの表面酸化皮膜をミクロ(1000分の1ミリ)単位で調整し、光の反射を起こしながら絶妙な色を創り出していくそうだ。

林檎の皮さえ上手く剥けない私からすれば、もはや人智を超えた神技である。

SUSのタンブラーは、燕たちが魂の研磨をすることで、金属でありながら焼き物のような独特の風合いを帯びる。

私が愛用している「カプリブルー」は、イタリアのティレニア海に浮かぶ島カプリを象徴する青色だ。

ただし一口に青と言っても、「空の青」や「海の青」という単調なものではない。

シャウエンの街並みからティファニーの食器まで、世界中の青という青を全て集め、その中から選りすぐりの30ばかりを取り出して、まとめてミキサーにかけたような色気のある青だ。

写真ではほとんど伝わらないと思うが、金属の輝きも相まって、古代の宝石のような煌めきを放つのだ。

真空二重構造のタンブラーは、温度変化が起こりにくい。

蓋をしてしまえば、冷たい炭酸水は翌朝も冷たいままであり、温かい珈琲は日が暮れても温かいままである。

割れることもなく、水滴も付かず、肌にもよく馴染む。

美人には棘があるように、光があるものには影も含まれるのがこの世の常だが、困ったことにこのタンブラーに限っては、良い部分しか見当たらないのだ。

強いて悪い点を挙げるとすれば、ついつい全シリーズを買い揃えたり、人にプレゼントしたくなるので、経済的な圧迫を招く可能性があることだろう。

実際に日本政府は国家予算を使い、アジア太平洋協力会議で、20カ国の各国首脳に4種ずつ配り、ウィリアム皇太子が来日された際にも手土産として渡されたそうだ。

どうかその輝きに、理性まで奪われないように気を付けていただきたい。

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