もしもバー・カウンターの隣に座った誰かが、「学生の頃が一番楽しかったわ…」と口にしたのであれば、私は少なからず悲しい気持ちになるだろう。もちろん色々と事情はあるかもしれないが、子どものころの “きみ” に、大人の君が負けを認めるのは寂しすぎる。
カフカの日記|2018.06.01|カリブ海航海中、展望デッキにて
店主)どうです?本場で飲むラムは別物でしょう。
これは私が影響されやすい性格だからかもしれないが、アイラのシングル・モルトに人々が心を奪われるように、確かにカリブ海で飲むラム酒ほど心を打つものはそう無いと思う。ロック・グラスの氷を指で転がしながら私は自分を誇りに感じていた。なぜなら、南国でカイピリーニャ(ラム酒のカクテルだ)を飲むことは、数年前、大学生の私が抱いていた夢のひとつだったから。
《カリブで飲む本場のラム酒》というひとつの事実だけでも、あの頃の私が聞けば、思わず口笛を吹きたくなるほど満足するだろうが、そこに素敵な仲間と豪華客船の旅が付いてくるのだから、もはや彼は私に対して ”ぐぅの音” も出ないだろう。
「大丈夫、気を落とす必要はないよ。子どもの “きみ” が、大人の僕に敵わないのはある意味で自然なことだから。」
思えば学生の頃は、すべてが刺激的で世界は希望に満ちていた。しかし今になって振り返れば、不自由で限定的な世界で生きていたように思える。あの頃の私は、予算に計画を合わせ休日に予定を合わせていたが、今の私は、計画に予算を合わせ予定に休暇を合わせることが出来る。不自由な過去の私が平日に1ヶ月も旅に出れば、留年という烙印を胸に焼き付けられたが、奴隷制度から解放された今では、焼印に怯える必要はない。デートで会計の度にビクビクしていた未熟な青年も、今では食後のデザート・ワインで、彼女を上機嫌にする小技も手に入れた。今回のクルーズ船でも、抽象概念としては理解しているつもりだった「いくら美味しい料理でも、毎日フルコースは飽きてしまいますよ。」というテーゼも身をもって理解することができたし、世界の友人たちと、お酒や音楽を共通言語として楽しむことも出来た。
年齢を重ねることは記念碑的に素晴らしい。出来ること、行ける場所、関わる人など、可能性が大きく広がっていくから。
カフカの日記|2018.07.04| 港町ガルベストンのスターバックスにて
上記のクルーズ船で書いた日記は、解放感と高揚感ゆえに、いささか図式的偏見や修辞的誇張を感じられたかもしれないが、素直に事実を書いているつもりなので敵意は持たないでほしい。しかし公平を期して伝えると、私は金持ちの家の出でもなければ、特別な環境で育ったわけでも無い。幸運なことに尊敬すべき両親の元に生まれたが、中流の家庭で育ち、平凡な生活を送り、平均的な公立学校に通っていた。つまりほとんど “凡庸” という名札を付けて生きているようなものだった。
そんな私が非凡な生活(少なくとも過去の私から見れば)を送るようになったのは、年末ジャンボに当選したからでも無ければ、油田を掘り当てたわけでも無く、もちろんセレブのブロンド美女に貢がせているからでもない。意識していることは色々とあるが、抽象的な方向性として3つほど、”ずいぶん遠回りしてしまった過去の自分” に向けて手紙を書いてみようと思う。
過去の自分に向けた手紙
学生の “きみ” へ
近所の子どもたちに向かって、「夢はなに?」と聞くと、“海賊王” とか、”お姫様” とか、”サッカー選手”とか、文字通り “夢のようなこと” を言ってワクワクさせてくれるけど、大人になるにつれて狭義的な夢(年に一度の家族旅行とか、老後の船旅とか)に変わっていくことに違和感を感じている頃だと思う。
でも安心して欲しい。今から伝えることを大切にしてもらえれば、少なくとも「大人になる楽しさ」は保証してあげられる。海賊王になる夢は叶えてあげられないかもしれないけど、遠くない将来に、世界の海を自由に航海することは出来るようになるよ。海賊のように自由にラム酒は飲めるし、略奪行為もしなくていいし、誰も傷つかない。悪くないだろ。
もちろん具体的なことは、きみ自身で解決しなきゃいけないけど、これから話す3つの指標は、いわば砂漠における “北極星” みたいなものだから、大きな方向性だけ押さえておけば、時間の問題で目的地にはたどり着けるよ。とにかく北を目指して進めばいいんだ。「ありきたりな話だ」と、みんなは馬鹿にするかもしれないけど、僕から伝えられる一番大事なことだから、ちょっと手を止めて読んでもらえると助かるよ。
1:船を進める方向を決めること
人は、”やる理由” が明確にあれば、努力せざるを得ない生き物なんだ。だから、きみが本当に望む “生き方” を明確に決められるかが重要になってくる。「船を漕ぎ始める前に、船を進める方向を決めてほしい。」ってことだよ。きみが望む理想世界が、”夢のような” なものであるほど、周りの大人たちが、”最もらしい批判” を口にすると思うけど、それは彼らの主張であって、きみのそれであるべきではない。他の誰でもないきみだけにしか出来ないタスクだから、目をそらさずに立ち向かって欲しい。急いで決める必要はないよ。時間をかけてじっくり考えて欲しい。そのために休学したっていい。そのくらい重要なことなんだ。
2:断る勇気を持つこと
きみの使える時間には限りがあるから、何からやるべきなのか?という優先順位を決めて守るようにして欲しい。期末テストや資格試験、就職活動など 、“重要そうに見えるもの” がたくさん現れると思うけど、きみにとって “本当に重要かどうか” を判断して、時には断る勇気を持って欲しいんだ。生活に不満を抱えている大人たちは、断る勇気を持てず、他人に提案されるがままに仕事や家庭を決めている人が多いように思うんだ。仕事は大企業、老後は年金生活、30までには結婚、新婚旅行はハワイって具合にね。少なくとも、きみにはそうなって欲しくはないし、僕は自分で決めてきた結果、”大人になる幸せ” を感じられているよ。
3:集中して、船を “漕ぎ続ける” こと
天才とは集中力を発揮した凡人のことなんだ。そして才能を発揮できない人たちの共通点は、”一貫性の無さ” にあるんだ。彼らはいつも隣の芝が青く見えていて、お誘いがあるたびに気をひかれている。まるで存在しない聖杯を求めて、彷徨っているように見えるよ。なにかを続けられない人たちに一貫性や世界観があるとすれば、それは、”一貫性がない” という意味において一貫していることだし、“世界観の持ち合わせがない” という文脈において世界観を確立していることなので、毎年、自ら振り出しに戻しているんだ。僕は不思議に思うよ。だから、やるべきことを見つけたなら、それを “続ける勇気” を持ってほしい。大丈夫。9年間も、一貫して学生を続けられた君であれば決して難しいことではないはずだ。
僕から伝えたいことはこの3つだけだ。もう一度言うけど、これは北極星みたいなものだから、迷ったら空を見て北を目指せばいいんだ。僕も引き続き追求するから一緒に追求していこう。読んでくれてありがとう!年齢を重ねることを楽しんで。
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