もし表面が曇っているようであれば

ここでは肖像作品を展示しています。画家が肖像画を描くように、あるいは彫刻家が造形するように、特定のモデルを観察と対話によって文字に起こした作品です。「肖像画的な文学」と言っても差し支えないかもしれません。

肖像というくらいですから、インターネットの百科事典のように、個人の客観的な情報が書かれているわけではありません。作家の自由な鑑識眼で捉えた、客体の性格、印象、特徴、空気などが、ときに創作の物語を交えて描かれています。

登場する人物は、すべて実在する者ですので、モデルを知る読者にとっては、その者の魅力を再発見できる作品。知らない読者にとっては、物語や表現を愉しむことができる短編集。そして描かれた本人にとっては、使命を見つけるための道標という願いが込められています。

肖像作品をみる

 


作業のなかでひとつ大事なのは、私がクライアントに対して少しなりとも親愛の情を持つということだった。だから私は一時間ほどの最初の面談の中で、自分が共感を抱けそうな要素を、クライアントの中にひとつでも多く見いだすように努めた。もちろん中にはそんなものを抱けそうにない人物もいる。これからずっと個人的につきあえと言われたら、尻込みしたくなる相手だっている。しかし限定された場所で一時的な関わりを持つだけの「訪問客」としてなら、クライアントの中に愛すべき資質をひとつかふたつ見いだすのは、さして困難なことではない。ずっと奥の方までのぞき込めば、どんな人間の中にも必ず何かしらきらりと光るものはある。それをうまく見つけて、もし表面が曇っているようであれば、(曇っている場合の方が多いかもしれない)、布で磨いて曇りをとる。なぜならそういった気持ちは作品に自然に滲み出てくるからだ。

騎士団長殺し|第一章

 

作家の矜持